大阪地方裁判所 平成9年(ワ)10655号 判決 1999年3月19日
原告 澤村英二こと柳英二
被告 国
代理人 下村眞美 浦田光儀 鈴木英昭 ほか4名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
原告が日本国籍を有することを確認する。
第二事案の概要
本件は、原告が被告に対して日本国籍の確認を求めた事案である。
一 争いのない事実
1 原告は、昭和二五年八月二五日、大韓民国の国籍を有する柳判熙(昭和五二年二月二日死亡。以下「柳」という。)を父とし、日本国籍を有する亀井花笑(昭和三八年一一月二四日死亡。以下「亀井」という。)を母として出生した。
2 柳は、昭和二五年九月六日、原告につき、柳とその妻である林玉孝(昭和四九年一二月一日死亡。以下「林」という。)との間に生まれた嫡出子であるとして出生届を出し、その結果、原告は、大韓民国の戸籍上、柳と林との間の子として登載されている。なお、柳による右嫡出子としての出生届は虚偽のものであるが、右届出には、原告に対する認知の効力がある(以下、右届出による認知を「本件認知」という。)。
3 原告は、平成四年一〇月、検察官を被告として、亀井と原告との間に親子(母子)関係が存在することの確認を求める訴えを大阪地方裁判所に提起した。同裁判所は、平成五年六月四日、右親子関係が存在することを確認するとの判決を言い渡し、右判決は、同月二三日確定した。
4 原告は、朝鮮人父と日本人母との間に生まれた非嫡出子であり、出生時には法律上の父がないものとして、昭和五九年法律第四五号による改正前の国籍法(昭和二五年法律第一四七号。以下「新国籍法」といい、同法附則によって廃止された国籍法〔明治三二年法律第六六号〕を「旧国籍法」という。)二条三号に基づき、出生により日本国籍を取得した。
二 争点
本件の争点は、原告が、本件認知によって日本の国内法上朝鮮人としての法的地位を持つに至り、日本国との平和条約(以下「平和条約」という。)の発効により日本国籍を喪失したか否かである。
1 被告の主張
原告は、以下のとおり、平和条約の発効と同時に日本国籍を喪失した。
(一) 平和条約による朝鮮人の日本国籍喪失について
(1) 平和条約(昭和二七年四月二八日発効)は、二条a項において、我が国が朝鮮の独立を承認し、朝鮮に属すべき領土に対する主権を放棄する旨規定している。右規定は、この領土変更に伴う国籍の変更については直接の規定を設けていないけれども、国家は人、領土及び政府を存続の要素とし、これらのどれか一つを欠いても国家として成立しないのであるから、我が国が朝鮮の独立を承認するということは、朝鮮がそれに属する人、領土及び政府を持つことを承認することにほかならず、右規定によって、我が国は、朝鮮に属すべき人に対する主権をも放棄したというべきである。したがって、朝鮮に属すべき人は、平和条約の発効に伴い、日本国籍を喪失したことになる。
(2) 明治四三年八月二二日の韓国併合により、従来の朝鮮人は当然に日本国籍を取得することになった。しかし、右併合後も、我が国で明治三二年四月一日から施行されていた旧国籍法は朝鮮には施行されず、朝鮮人は、内地戸籍に登載されることはなく、朝鮮民事令(明治四五年制令第七号)、朝鮮戸籍令(大正一一年朝鮮総督府令第一五四号)に基づき朝鮮戸籍に登載されるなど、朝鮮は、日本本土(内地)とは異なる法律が適用される異法地域(外地)であって、内地人と朝鮮人とは法的地位を異にしていた。そして、日本の侵略主義の結果を侵略前の状態に戻し、朝鮮の独立によって再び朝鮮という民族国家を樹立するという平和条約の趣旨に鑑みれば、平和条約の発効によって日本の国籍を喪失するのは、民族を基準として内地人と区別されていた朝鮮人としての法的地位を有する者と決定するのが妥当である。
ところで、朝鮮人父が内地人母の子を認知した場合には、共通法(大正七年法律第三九号)三条、戸籍法(昭和二二年法律第二二四号による改正前のもの)四二条ノ二及び朝鮮戸籍令三二条に基づき、子は内地戸籍を去って朝鮮人父の戸籍に入るものとされていたが、このように内地戸籍から除籍され朝鮮戸籍に属すべきものとされた者も、朝鮮人としての法的地位を有する者として、平和条約の発効により日本国籍を喪失するものと解すべきである。
(3) 共通法は、我が国が朝鮮、台湾等のいわゆる外地に主権を有することを前提とする法律であって、我が国が平和条約の発効によりこれらの地域に対する主権を放棄するまでは、有効に存在していたものと解される。
もっとも、昭和二五年七月一日に施行された新国籍法によると、父から認知を受けても当然には子の国籍に影響を及ぼさないこととされ、したがって、同法施行後は、日本人母の非嫡出子が外国人父に認知されても、当然には日本国籍を喪失しないことになった上、昭和二五年一二月六日付法務府民事局民事甲第三〇六九号各法務局長各地方法務局長あて法務府民事局長通達(以下「第三〇六九号通達」という。)によると、朝鮮又は台湾と内地との間において父子の認知が行われても、右通達後は子の戸籍に変動を生じないこととするとされている。しかし、新国籍法の適用範囲はあくまで内地に限られていて、朝鮮においては、旧国籍法に準ずる内容の慣習と条理によって朝鮮人かどうかが決せられていた上、新国籍法施行後も平和条約発効までは朝鮮人も日本国籍を有していたのであるから、朝鮮人と日本人との間で国籍の変動の問題は生じないし、第三〇六九号通達による戸籍の取扱変更も、新国籍法の施行と無関係であるとはいえないものの、認知につき新国籍法を適用したことによるものではなく、むしろ、内地戸籍と外地戸籍とで取扱を異にしていた認知の際の従来の戸籍事務を、相互の戸籍間の移動を停止することによって統一し、内地における昭和二二年法律第二二四号による改正後の戸籍法(以下「新戸籍法」という。)上の新戸籍編製事由及び除籍事由(同法一六条ないし二三条)との整合を図ることを主眼として行われたものということができる。現に、朝鮮人父と日本人母が平和条約発効前に婚姻した後、その婚姻前の出生子を右父が認知した認知準正子については、内地戸籍と外地戸籍とで同じ取扱をすることから、第三〇六九号通達の前後にかかわらず、出生子は認知により当然に朝鮮人父の戸籍に入籍するものとされていた(昭和三八年七月一八日付戸甲第九一〇号東京法務局長照会・昭和三八年八月二六日付民事甲第二四八〇号民事局長回答)。
したがって、朝鮮人父による内地人母の子の認知が、新国籍法の施行後ではあっても、第三〇六九号通達が発せられる前に行われた場合には、当該子は、朝鮮戸籍に入籍すべき地位にあった者として、平和条約の発効により日本国籍を喪失するというべきである。
(二) 法例三〇条所定の公序良俗違反について
(1) 共通法二条二項において準用する法例三〇条(平成元年法律第二七号による改正前のもの。以下同じ。)の規定により外国法(異法地法)の適用が排除されるのは、これを具体的に適用した結果が我が国の公序良俗に反する場合に限られるものと解すべきである。
(2) 原告は、日本人母の非嫡出子として内地籍を取得したが、朝鮮人父の本件認知により、内地戸籍から除籍されて父の朝鮮戸籍に入り、内地から朝鮮への地域籍の異動を生ずることとなったものであり、そのことが結果的にはその後国籍の変動を生ずることとなったものである。しかし、内地戸籍と朝鮮戸籍が別々に存在していた以上、内地戸籍に属する者と朝鮮戸籍に属する者との間で身分行為がされた場合には、右両名の属する戸籍について調整を図る必要が生ずるのであり、この場合、朝鮮人父から認知された内地戸籍に属する非嫡出子について、内地戸籍にとどまるものとするか、内地戸籍から除籍されて父の朝鮮戸籍に入籍されるものとするかは、基本的には立法政策の問題であって、そのこと自体が直ちに個人の尊厳ないし男女平等主義に反するということはできない(最高裁平成六年(行ツ)第一〇九号同一〇年三月一二日第一小法廷判決・民集五二巻二号三四二頁)。そして、このことは、新国籍法施行の前後によって異なる性質のものではないというべきである。
したがって、朝鮮人父が新国籍法施行後に内地人母の子を認知した場合に、朝鮮民事令、朝鮮慣習及び共通法を適用することは、法例三〇条により排除されるものではない。
(三) 原告の日本国籍喪失について
(1) 柳による本件認知当時、朝鮮人父が内地人母の子を認知した場合、当該子は、朝鮮人父の庶子となり(共通法二条二項、法例一八条二項、朝鮮民事令一条、一一条、旧民法〔昭和二二年法律第二二二号による改正前のものをいう。右改正後のものを「新民法」という。〕八二七条二項)、戸主の同意を要することなく、当然に朝鮮人父の家に入る(父の戸籍に入籍する)ものとされていた(朝鮮民事令一一条、朝鮮慣習)。
(2) したがって、原告は、日本人母である亀井の非嫡出子として内地籍を取得したものの、朝鮮人父である柳から本件認知を受けたことによって朝鮮戸籍に入籍すべき者となったのであるから、平和条約の発効と同時に日本国籍を喪失したというべきである。
2 原告の主張
(一) 平和条約による朝鮮人の日本国籍喪失について
昭和二五年七月一日に施行された新国籍法によると、認知がされても当然には子の国籍に影響を及ぼさないものとされ、これに伴い、それまで内外地間における地域籍(いわば準国籍)の原則的得喪を定めていた共通法の秩序は、完全にその基盤を失い、消滅するに至った。また、この新国籍法の施行に伴い、第三〇六九号通達は、朝鮮又は台湾と内地との間で父子の認知が行われた場合についての従前の戸籍の取扱を改め、右通達後は認知によっては子の戸籍に異動を生じないこととした。したがって、第三〇六九号通達後に朝鮮人父から認知を受けた日本人母の非嫡出子は、朝鮮戸籍に入籍すべき者には当たらず、平和条約の発効後も日本国籍を喪失しないものとされている。
ところで、行政官庁の通達は、下部機関に対して事務処理の指針を示したものにすぎず、何ら法規性を有するものではないから、新国籍法の施行後であれば、第三〇六九号通達の前後を問わず、認知による国籍の変動は生じないものと解すべきであって、同じように新国籍法の施行後に認知を受けた場合でありながら、戸籍事務処理の観点から発出されたにすぎない第三〇六九号通達の前後により日本国籍を喪失するか否かの点で正反対の結果を生ずることは、憲法一四条に定める法の下の平等に反し許されない。
原告については、新国籍法の施行後に本件認知がされたものであるから、朝鮮戸籍に入籍すべき者には当たらないというべきである。
(二) 法例三〇条所定の公序良俗違反について
朝鮮人父の認知によってその庶子となった子が、朝鮮民事令一一条により朝鮮慣習の適用を受けて父の家に入るとすれば、共通法三条等により、子は父の朝鮮戸籍に入り、母の内地籍から父の朝鮮籍への地域籍の変動を生ずることになる。これは、形式的には地域籍の変動にすぎないものの、韓国併合後も、朝鮮は内地とは異なる法律が適用される異法地域であった上、新国籍法施行当時においては、既に、朝鮮戸籍に属すべき人は近い将来日本国籍を喪失することが確実となっていたことに鑑みると、右当時、地域籍は現実には国籍としての実態を有していたものというべきであるから、個人の意思を無視して認知による地域籍の変動を認めることは、憲法で保障された個人の尊厳、国籍選択の自由を侵害するものである。そうすると、認知等の身分行為によっては国籍の変動が生じないものとした新国籍法の施行後においては、朝鮮民事令一一条、朝鮮慣習、共通法三条等を適用して地域籍(実質的には国籍)の変動を認めることは、新民法、新戸籍法及び新国籍法により形成された我が国の公序良俗に反するものというべきである。
したがって、新国籍法の施行後は、共通法二条二項において準用する法例三〇条により、朝鮮民事令一一条、朝鮮慣習はその適用を排除されることになるから、原告は、朝鮮戸籍に入籍すべき者には当たらないというべきである。
(三) 共通法三条二項の適用について
新国籍法によると、認知等の身分行為によって国籍の変動は生じないものとされたのであるから、内地から朝鮮への地域籍の変動も生じないと解すべきであり、新国籍法の施行後に朝鮮人父から認知を受けた子は、共通法三条二項所定の「一ノ地域ノ法令ニ依リ家ヲ去ルコトヲ得サル者」に該当するというべきである。原告については、新国籍法の施行後に本件認知がされたものであるから、共通法三条二項により朝鮮戸籍に入ることはできないというべきである。
(四) 原告の日本国籍の喪失について
前記(一)ないし(三)記載のとおり、原告は、朝鮮戸籍に入籍すべき者には当たらないから、平和条約の発効によって日本国籍を喪失しないというべきである。
第三争点に対する判断
一 我が国は、平和条約により、朝鮮の独立を承認して、朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄したことに伴い(同条約二条a項)、朝鮮に属すべき人に対する主権(対人主権)を放棄したのであるから、朝鮮に属すべき人、すなわち、それまで日本の国内法上朝鮮人としての法的地位を有していた人は、平和条約の発効により日本国籍を喪失したことになる。そして、朝鮮人としての法的地位を有していた人とは、朝鮮戸籍令の適用を受け、朝鮮戸籍に登載されるべき地位にあった人をいい、これには、元来の朝鮮人のみならず、元来日本人で朝鮮人との身分行為によって朝鮮戸籍に登載されるべきこととなった人も含まれる(最高裁昭和三〇年(オ)第八九〇号同三六年四月五日大法廷判決・民集一五巻四号六五七頁、最高裁昭和三三年(あ)第二一〇九号同三七年一二月五日大法廷判決・刑集一六巻一二号一六六一頁、最高裁昭和三八年(オ)第一三四三号同四〇年六月四日第二小法廷判決・民集一九巻四号八九八頁、最高裁平成六年(行ツ)第一〇九号同一〇年三月一二日第一小法廷判決・民集五二巻二号三四二頁参照)。
二 ところで、明治四三年八月二二日の韓国併合により、従来の朝鮮人は当然に日本国籍を取得することになったが、右併合後においても、朝鮮は日本本土(内地)とは異なる法令が適用される異法地域であって、戸籍制度も内地とは異なっており、内地、朝鮮、台湾等の異法地域に属する者の間で身分行為があった場合、その準拠法は、共通法二条二項によって準用される法例の規定によって決定された。そして、共通法三条一項は、「一ノ地域ノ法令ニ依リ其ノ地域ノ家ニ入ル者ハ他ノ地域ノ家ヲ去ル」とし、同条二項は、「一ノ地域ノ法令ニ依リ家ヲ去ルコトヲ得サル者ハ他ノ地域ノ家ニ入ルコトヲ得ス」としており、一の地域の法令上入家という家族法上の効果が発生するときには、他の地域においても原則としてその効果を承認して去家の原因とする旨を定めていたのであり、その結果、戸籍に関しても、一の地域の戸籍から他の地域の戸籍への移動という効果を生ずることとされていた。内地においては、新民法の施行により家制度が廃止され、身分行為によって「入家」「去家」という家族法上の効果が発生することはなくなったが、内地と朝鮮、台湾等が法令及び戸籍制度を異にする状態は、平和条約の発効まで継続したため、異法地域に属する者の間で身分行為があった場合の戸籍の連絡を定めた共通法三条の規定は、新民法の施行後も効力を失わず、平和条約の発効まで効力を有していたものというべきである(最高裁昭和三六年(オ)第一三九〇号同三八年四月五日第二小法廷判決・集民六五号四三七頁、前掲最高裁平成六年(行ツ)第一〇九号同一〇年三月一二日第一小法廷判決参照)。
三 そこで、これを本件についてみるに、共通法二条二項によって準用される法例一八条二項によれば、朝鮮人父が内地人母の子を認知した場合の認知の効力については、認知者である父の属する地域である朝鮮の法令が適用されることとされていたところ、本件認知当時、朝鮮において施行されていた朝鮮民事令(大正一一年制令第一三号による改正後のもの。以下同じ。)一条、一一条及びこれにより依用される旧民法八二七条二項によれば、子は、朝鮮人父の認知により、その庶子となるものとされ、朝鮮民事令一一条及びこれにより適用される朝鮮慣習によれば、朝鮮人父の認知により庶子となった子は、戸主の同意を要することなく、当然に朝鮮人父の家に入る(父の戸籍に入籍する)ものとされていた。
前記第二の一の事実によると原告は、昭和二五年八月二五日、朝鮮人男性である柳と内地人女性である亀井との間の非嫡出子として出生し、同年九月六日、朝鮮人父である柳から本件認知を受けたのであるから、本件認知によって柳の庶子となり、戸主の同意を要することなく、当然に柳の家に入る(柳の戸籍に入籍する)ことになったものというべきである。
そうすると、原告は、本件認知によって日本の国内法上朝鮮人としての法的地位を取得したということになるから、平和条約の発効に伴って日本国籍を喪失したものといわざるを得ない。
四 原告は、認知がされても当然には子の国籍に影響を及ぼさないものとした昭和二五年七月一日施行の新国籍法、あるいはその施行後に発せられた第三〇六九号通達を根拠に、新国籍法の施行後であれば、第三〇六九号通達の前後を問わず、認知による国籍の変動は生じないと解すべきである旨主張する。
1 昭和二三年一月一日に新民法及び新戸籍法が施行された後に内地、朝鮮、台湾等の異法地域に属する者の間で認知が行われた場合の内地戸籍の取扱については、内地人父が朝鮮人母の子を認知した場合は、内地に子の新戸籍を編製するものとされ(昭和二四年四月一二日付民事甲第八二三号民事局長回答〔<証拠略>〕、同月一八日付民事甲第八九八号民事局長回答〔<証拠略>〕、同年七月一九日付民事甲第一六四八号民事局長回答〔<証拠略>〕)、他方、朝鮮人父が内地人母の子を認知した場合は、身分事項欄に認知に関する記載をするに止めて除籍しないものとされていたが(昭和二三年一一月一二日付民事甲第二一五五号民事局長回答、同年一二月一五日付民事甲第二三二一号民事局長回答、前掲昭和二四年四月一八日付民事甲第八九八号民事局長回答)、その後、後者については、認知の記載と同時に除籍するものと改められた(昭和二四年一一月一八日付民事甲第二六九四号民事局長通達〔<証拠略>〕)。このような内地戸籍の取扱は、昭和二五年七月一日に新国籍法が施行された後も、同法の施行に合わせて発出された昭和二五年六月一日付民事甲第一五六六号民事局長通達(<証拠略>)によって、朝鮮人及び台湾人に関する国籍及び戸籍の取扱については、新国籍法施行後も従前と異なるところはないものとされたことにより、そのまま維持された。
ところが、昭和二五年一二月六日に発出された第三〇六九号通達(<証拠略>)によると、右のような内地戸籍の取扱は、今後これを改め、朝鮮又は台湾と内地間における父子の認知によっては子の戸籍に変動を生じないこととし、認知された子について内地に新戸籍を編製することなく又は内地の戸籍からその子を除くことなく、単に認知者たる内地人男又は被認知者たる内地人女の子の各戸籍の身分事項欄に認知の記載をするに止めることに一定するものとされた。そして、昭和二六年三月九日付民事甲第四二五号民事局長回答(<証拠略>)によると、右取扱の変更は、第三〇六九号通達が発出された昭和二五年一二月六日以降に実施すべきものとされ、その趣旨について、朝鮮人、台湾人の終局的な国籍の帰属が決定しない現在においては、朝鮮人、台湾人はなお日本国籍を有するので、右認知は直接新国籍法の対象となるべき事項ではなく、ただこれに関する戸籍の処理について同法の趣旨を考慮に入れてその取扱が定められているにすぎないとされている。
2 このように、第三〇六九号通達によって、朝鮮又は台湾と内地との間における父子の認知による内地戸籍の取扱が変更されたのは、新民法の施行後は、認知によって「入家」という家族法上の効果が生ずることはないものとされたため、認知者が内地人であるためにその本国法たる新民法が準拠法とされる場合については、朝鮮戸籍から内地戸籍への移動を共通法三条のみによって説明することが困難となり、日本人たる子が認知によって外国の国籍を取得したときは日本の国籍を失う旨を定める旧国籍法と同趣旨の条理によって右戸籍の移動が生ずるという見解が有力となっていたことから、認知があったというだけでは国籍の変動原因としない新国籍法の施行により、従前の戸籍取扱を変更する必要が生じたと判断されたからではないかと推測される。
しかしながら、朝鮮人父が内地人母の子を認知した場合については、前記三で説示したとおり、認知者である父の属する地域である朝鮮の法令が適用され、それによると、子は、朝鮮人父の認知により、その庶子となり、戸主の同意を要することなく、当然に朝鮮人父の家に入る(父の戸籍に入籍する)ものとされていたのであるから、被認知者である内地人母の子は、共通法三条により朝鮮戸籍に入籍すべきであって、右戸籍の移動が新国籍法の施行によって影響を受ける謂れはないというべきである(前掲最高裁昭和三六年(オ)第一三九〇号同三八年四月五日第二小法廷判決参照)。
また、前記のとおり、朝鮮人及び台湾人に関する国籍及び戸籍の取扱については、新国籍法施行後も従前と異なるところはないとされていた(前掲昭和二五年六月一日付民事甲第一五六六号民事局長通達)ところ、第三〇六九号通達による内地戸籍の取扱変更は、認知のみについて行われたにすぎず、朝鮮人父と内地人母が婚姻した後、婚姻前の出生子を父が認知した認知準正子については、第三〇六九号通達の前後を問わず、出生子は認知により当然に父の戸籍に入籍するものとされたし(昭和三八年八月二六日付民事甲第二四八〇号民事局長回答〔<証拠略>〕)、新民法の施行後、婚姻や養子縁組等の身分行為が「入家」という家族法上の効果を発生させないものとされたのは、認知の場合と同様であるから、内地戸籍の取扱について、認知と他の身分行為の間でかかる差異を設ける合理的理由は見出し難いといわざるを得ない。
3 以上の諸点を勘案すると、第三〇六九号通達による内地戸籍の取扱の当否については、疑問があるといわざるを得ず、本件のように新国籍法の施行から同通達発出までの間に、朝鮮人父が内地人母の子を認知した場合について、同通達の趣旨に沿って内地戸籍から朝鮮戸籍への移動が生じないものと解すべき法的根拠は存しないというべきである。
4 右の点に関し、原告は、同じように新国籍法の施行後に認知を受けた場合でありながら、第三〇六九号通達の前後により日本国籍を喪失するか否かの点で正反対の結果を生ずることは憲法一四条に定める法の下の平等に反する旨主張するけれども、第三〇六九号通達は、朝鮮又は台湾と内地間において父子の認知があった場合における内地戸籍に関する事務の取扱を変更するものにすぎないのであって、右取扱を変更すること自体が認知を受けた子を差別的に取り扱う趣旨を含むものとはいえないから、第三〇六九号通達の前後で認知を受けた子の戸籍上の取扱に差異が生ずるからといって、そのことが憲法一四条に反するものということはできない。
5 したがって、この点についての原告の主張は採用することができない。
五 次に、原告は、認知等の身分行為によっては国籍の変動が生じないものとした新国籍法の施行後においては、朝鮮民事令一一条、朝鮮慣習、共通法三条等を適用して朝鮮人父による認知を受けた子について母の内地籍から父の朝鮮籍への地域籍(実質的には国籍)の変動を認めることは、憲法で保障された個人の尊厳、国籍選択の自由を侵害し、新民法、新戸籍法及び新国籍法により形成された我が国の公序良俗に反するから、共通法二条二項において準用する法例三〇条により、朝鮮民事令一一条、朝鮮慣習はその適用を排除される旨主張する。
1 法例三〇条は、「外国法ニ依ルヘキ場合ニ於テ其規定カ公ノ秩序又ハ善良ノ風俗ニ反スルトキハ之ヲ適用セス」と定めているが、この規定の趣旨は、当該準拠法に従うならば、内国の私法的社会秩序を危うくするおそれがある場合に、右準拠法の秩序を排除することにあるのであるから、外国法の規定内容そのものが我が国の公序良俗に反するからといって直ちにその適用が排除されるのではなく、個別具体的な事案の解決に当たって外国法の規定を適用した結果が我が国の公序良俗に反する場合に限り、その適用が排除されるものと解すべきである。したがって、共通法二条二項において準用する法例三〇条の適用に当たっても、朝鮮地域の法令の規定自体が内地の公序良俗に反するからといって直ちにその適用が排除されるものではなく、朝鮮地域の法令の規定を具体的事案に適用した結果が内地の公序良俗に反する場合に限り、その適用が排除されるものというべきである。
2 そこで、かかる観点から本件をみるに、本件認知によって庶子となった原告が朝鮮民事令一一条により朝鮮慣習の適用を受けて父の家に入るとすれば、共通法三条等により、原告は父の朝鮮戸籍に入り、内地から朝鮮への地域籍の変動を生ずること(その結果、国籍の変動を生ずること)にもなる。しかし、内地戸籍と朝鮮戸籍が別々に存在していた当時において、内地戸籍に属する者と朝鮮戸籍に属する者との間で一定の身分行為がされた場合に、右両名の所属する戸籍につき調整を図る必要が生ずるのは当然であって、朝鮮戸籍に属する父に認知された内地戸籍に属する非嫡出子が、母の内地戸籍にとどまるものとするか、父の朝鮮戸籍に入籍するものとするかは、基本的には立法政策の問題であって、そのこと自体が直ちに個人の尊厳ないし男女平等主義に反するということはできない(前掲最高裁平成六年(行ツ)第一〇九号同一〇年三月一二日第一小法廷判決参照)。国籍選択の自由の侵害をいう点についていえば、憲法は、国籍離脱の自由(二二条二項)は保障しているが、一般的な形で「国籍選択の自由」を保障しているものではない。また、原告は、新国籍法施行当時においては、既に朝鮮戸籍に属すべき人は近い将来日本国籍を喪失することが確実になっていたことに鑑みると、地域籍は現実には国籍としての実態を有していた旨主張するところ、確かに、認知により母の内地戸籍を去って父の朝鮮戸籍に入ることは、結果的には平和条約の発効によって日本国籍を喪失することにつながるものではあるけれども、朝鮮人は平和条約の発効まで日本国籍を有しており、共通法三条の規定も平和条約の発効まで効力を有していたことは、前記一、二で説示したとおりであるから、地域籍と国籍とを同視することはできないし、右日本国籍の喪失も、我が国が平和条約により朝鮮に対する主権を放棄したことによって惹起されたものであって、異法地域間の身分行為に適用されるべき準拠法決定の問題とは直接関係しないものであるから、共通法二条二項において準用する法例三〇条の適用に当たり、平和条約の発効による国籍の変動そのものを考慮に入れる余地はないというべきである。
3 したがって、原告が本件認知によって父の朝鮮戸籍に入ったからといって、そのことが内地の公序良俗に反するということはできず、この点についての原告の主張は採用することができない。
六 さらに、原告は、新国籍法の施行後に朝鮮人父から認知を受けた子は、共通法三条二項所定の「一ノ地域ノ法令ニ依リ家ヲ去ルコトヲ得サル者」に該当する旨主張する。
1 共通法三条二項は、「一ノ地域ノ法令ニ依リ家ヲ去ルコトヲ得サル者ハ他ノ地域ノ家ニ入ルコトヲ得ス」と定めているが、この規定の趣旨は、異法地域間における戸籍の積極的衝突を防止するため、異法地域間で身分行為が成立した場合に、一方の地域で戸籍の移動が禁止されているときには、他方の地域における家族法的効果の発生を禁止し、戸籍の移動を生じないものとすることにあるものと解される。例えば、旧民法施行当時には、同法七四四条一項によると、「法定ノ推定家督相続人ハ他家ニ入リ又ハ一家ヲ創立スルコトヲ得ス。但本家相続ノ必要アルトキハ此限ニ在ラス」とされていたため、内地人である法定推定家督相続人が朝鮮人との身分行為によって朝鮮戸籍に入籍することは、共通法三条二項の適用により許されないものと解されていた。
2 しかしながら、本件認知当時、日本国内に施行されていた新民法及び新戸籍法には、認知を受けた子が父の戸籍に入ることを禁止する規定は存しないのであるから、原告が内地の法令上家を去ることを得ざる者に当たるとして、共通法三条二項により朝鮮戸籍に入ることができないと解することはできないというべきである(前掲最高裁平成六年(行ツ)第一〇九号同一〇年三月一二日第一小法廷判決参照)。確かに、本件認知当時施行されていた新国籍法によると、認知等の身分行為によって国籍の変動は生じないものとされているけれども、新国籍法は、単に認知等の身分行為によって自動的に国籍の変動を生ずることはないものとしているにすぎず、認知による国籍の変動を禁止する趣旨まで含むものではないし、そもそも、平和条約の発効前に朝鮮人父に認知された原告の戸籍の移動が新国籍法の施行によって影響を受ける謂れのないことは前記四で説示したとおりであるから、新国籍法において認知が国籍の変動事由とされていないからといって、原告が内地の法令上家を去ることを得ざる者に当たるものということはできない。
3 したがって、この点についての原告の主張も採用することができない。
七 以上によれば、原告の請求は理由がないから、これを棄却する。
(裁判官 水野武 石井寛明 石丸将利)